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6月, 2014の投稿を表示しています

ブルックリンでみた日本人女性に関する映画

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先月から一緒に住ませていただいているハウスメート(&大家さん)は映画業界の方。ニューヨーク生活が長いその方には、一ヶ月という短い同居期間に既に色々な新しいことを教えていただいている。先日書いたコンサートも、その方にお誘いいただいて知った事。

BAMに初めて行って来た 昨夜は、その方が制作に関わったという映画のNY初公開記念試写会にお誘いいただいた。場所はブルックリンのBAM(Brooklyn Academy of Music)。マンハッタンにあるリンカーンセンターのようなものよ、と教えていただく。



そのBAMが毎年開催しているBAM CINEMA FESTという映画祭の3日目。お目当ての映画は「Kumiko, The Treasure Hunter」。インディーズ映画の世界では有名と教えていただいたDavid/Nathan Zellner兄弟による映画で、映画上映の後にはZellner兄弟に加え、プロデューサーのChris Ohlson氏とのディスカッションが付いていた。過去の経験では、上映後のこういうインフォーマルな場こそ、映画をより味わい深いものにしてくれる。今回もそうだった。


Kumikoという映画 その映画。日本人でない人による日本/日本人をテーマにした映画。そういう意味で「Jiro Dreams of Sushi」を連想させる「Kumiko, The Treasure Hunter」。舞台は映画の前半半分が東京。主演は菊池凛子さん。「Babel」(私の周りの人は皆知ってる)とか、「Pacific Rim」(友達と観た)とか「47 Ronin」(まだ観ていない)とか有名な作品達・・・と思っていたら他にも「ノルウェーの森」、「ちゅらさん」、「モテキ」にも出演していたというのを事後に知る、Q&Aの時、監督達に司会者が使っていた形容詞は「国際的なスター」といったものだった。

1996年のFargoという映画に絡めたストーリー展開。今から10年以上前にZellner兄弟がコンセプトを思いつき、菊池さんにアプローチを初めてから4年後に本格的な検討が始まり、そこからまた数年かかって完成したというこの作品。

彼らの手がけて来た作品の中で一番スケールの大きい、製作にかかった時間も長いものだったという。どれだけ長い時間がかかったかを表す時に監督は「初めてこの話をし始…

貧困解決についてAcumenが学んだ10の事

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私の所属する組織、Acumenは寄付を企業/財団/個人の方から募り、ビジネスアプローチを使って貧困問題の解決に取り組んでいる企業・リーダー(発掘/育成)に投資をしています。

その、Acumenが2013年の3月にまとめた「10 Things We've Learned About Tackling Global Poverty」というもの。組織設立10年目の節目にまとめられたものです。最初の10年間の試行錯誤の結果得た学び。そしてその次の10年間の活動の指針を決める上で大切なこと。
"Nothing about this work is easy. We are proud of our accomplishments over the last ten years, but we’ve learned at least as much from our struggles along the way. While we know we don’t have all the answers, there are some important truths we have discovered in doing this work. These truths will guide our work in the next decade and beyond."  その一 Dignity is more important to the human spirit than wealth.
富よりも大切なのは一人一人の尊厳である
貧しい人のために課題を解決するのだ、という考え方を手放すことむしろ、彼らを「変化を起こそうとしている当事者」と捉え、彼らの声に耳を傾ける、そして、多くの選択肢や機会に彼らをどうつなげられるだろうかと考えるべきこの地球上で生活する人が一人残らず「人間らしい」生活ができるような日がくるまで、徹底した取り組みが引き続き必要である その二 Neither grants nor markets alone will solve the problems of poverty.
助成金/寄付金/交付金も市場も、それら単体では貧困問題は解決できない
(「忍耐強い」資本という考え方の元では)市場メカニズムは利益の最大化ではなく、ターゲットと…

海外ドラマ@Netflixにハマっているので

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2012年の夏にアメリカに来てから、使い始めたNetflix。月額定額を支払い、その期間オンラインで配信されているビデオ(映画/ドキュメンタリー映画/ドラマ)が観放題というサービス。iPadに入れているこのアプリは自分のお気に入り。日本は未進出。(日本語で書かれた2012年の記事を見つけたので、ご存知のない方はこちら

昨年夏の一時帰国中に流行っていた「半沢直樹」をアメリカに戻ってから観てみたり、空いた時間に、これまた色々話題になっていた「明日、ママがいない」を見たときに感じたこと。それは、「日本のドラマもいいのだけれど、自分はNetflixの影響のせいか「海外ドラマ中毒」が進行しているな」ということ。

ストーリーの構成、実力派の俳優/女優さん幅広さ、セットのつくりこみや撮影シーンの迫力・・・映画並の海外ドラマ。そんな事を、映画関係のお仕事をしている方と話していたら「そりゃ、制作費の桁が違うのよ」と言われ、そのことに興味がわいたので、今回は少し調べものをしてみました。

①Netflixという会社について(軽く)
②こちらのドラマと日本のドラマの制作費の違い
③私が今まで見て、オススメのドラマ

①Netflixという会社 自分が使い始めたのは2012年。それまで聞いたことも無かったこの会社の創業はなんと1997年。今のような購読モデルを始めたのは1999年。IPOは2002年。黒字化が2003年とWikipedia情報。最初はDVDの郵送を主にしていたようですが、2007年頃からネット上のオンデマンドビデオ配信に焦点を移して行きます。

2013年末の時点で米国での会員数が3310万人とか(これって国民の10%強、米国でのビデオストリーミングサービスでの市場シェアが30%超らしい)全世界会員数は合計5000万人以上。海外展開も近年始めたばかりです。

元々、視聴者一人一人にあったビデオの推奨(Amazonのオススメと同じ)アルゴリズム開発に力を入れていたことが有名だったようですが、最近はNetflixオリジナルの作品製作に注目が集まっている印象です。2014年初には同社オリジナルのThe Squareという作品がアカデミー賞にノミネートされていたようですし、2013年にはHouse of Cards(後述)、Arrested Development、Hemlock Gr…

データで見る日本のいろいろ

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一つ前のエントリ-「恋愛、仕事、家庭と幸せと 」を書いているときに見つけた厚生労働省のデータ。その内容と追加で調べたことをいくつか整理&備忘メモ。

2013年の厚生労働省のデータ 10日前の6月4日に「平成25年人口動態統計月報年計」というものが発表されていたようです。この調査は「出生、死亡、婚姻、離婚及び死産の人口動態事象」に特化したもので、「出生数が103万人で過去最小」であったことや「婚姻件数が66.1万組で戦後最小」であったことなどがプレスリリースで発表されていました。

詳細データの中で印象的だったポイント抜粋
【結婚関係】
・平均初婚年齢は夫30.9歳、妻29.3歳、東京は全国最高値で夫32.2歳、妻30.4歳
・全婚姻件数に対する再婚件数の割合は男女共に増加傾向で男性19.2%、女性16.5%
・離婚率は前年比少し下回り、人口千対1.84(参考:シンガポール1.81、イタリア0.90、日本より多いのはフランス2.05、イギリス2.07、韓国2.3、スウェーデン2.46、アメリカ3.6)
・平成60年から、あまり変化がない傾向として5年未満で離婚しているカップルは全体の離婚件数の3分の1程度、5年以上10年未満は2割前後であるということ

【出産関係】
・14歳以下で母親になった人は昨年51人
・出産時の年齢別「全体の出生数に占める割合」の過去4年の間の推移
 25−29歳:28.6%▷27.5%
 30−34歳:35.9%▷35.5%
 35−39歳:20.5%▷22.3%
 今年は45−49歳で出産された方が初めて1000人超え 
 ※上記は初産の年齢では必ずしもない
・第一子出生時の母の平均年齢 2013年は30.4歳(参考:昭和50年は25.7歳、昭和60年は26.7歳)
・都道府県別合計特殊出生率 東京の1.13は全国最小(参考:日本全体で1.43、韓国は1.18、シンガポール1.29、アメリカ1.88、スウェーデン1.91、イギリス1.92、フランス2.01)

【死因関係】
・昭和56年以降ずっと死因順位第一位は「悪性新生物」(ガンなど)。全死亡者に占める割合も最高値28.8%、つまり全死亡者の3.5人に1人。男性では「肺」が圧倒的&上昇傾向継続、女性は「大腸」「肺」「乳房」が上昇傾向。 

データって面白い。(過去エントリ-:"Japa…

恋愛、仕事、家庭と幸せと

類は友を呼ぶといいますか、または価値観が似たもの同士が惹かれ合って友達になるからか・・自分が近年親しくしている女子友達では「家庭と仕事の両立という課題に向き合っている」人はまだ少数派。

過去1年くらい、とても近い仲良しメンバーの数人が出産を経験しているくらいで、まだまだ多くの女子友達は結婚という人生の通過点の前にいる人が多いので、最近良く見るようになった日本語で書かれた「仕事と家庭の両立」系の記事を見ても、あまり実感が湧きません。

でも、こういうテーマに関する意見を色々見てて、自分が思うのは、恋愛でも仕事でも同じで、他人の言う「現状」や「あるべき姿」って、あんまりあてにしないほうがいいんだろうな、ということ。むしろ、それに惑わされて自分の持っている大事なものを失わないようにしなくてはいけないと感じたり。

「家庭」についてはよく分かりませんが、「恋愛」や「仕事・キャリア」についてはそうだな、と近年思うようになっています。

あと、実感していて興味深いな、と感じるのは「仕事・キャリア」に関してそう思っている(他人の設定する「あるべき姿」に惑わされないでいる)女性は多いのに、「恋愛」や「結婚生活」や「家庭」のテーマになると、周囲からの「期待値」に揺さぶられている人が多そうだということ。特に日本国内でその傾向はあるような気がします。

そんな日本という国の外での生活が長かった方が最近帰国され、連載記事を書かれているのですが彼女の「ディズニープリンセスの自己発見と自己解放ー浦島花子が見た日本」が面白いです。
「もっとも、上記のディズニープリンセス達は約60年前にデビューしている。白雪姫は1930年代の作品だ。アメリカでも当時は、女性は男性の所有物だった時代である。プリンセスも選ばれたらNOも言わずについて行く。彼女達の気持ちは棚の上に上げられたままでプリンスにとっては大いにハッピーエンドなのだ。  アメリカでも日本でも、今までどれだけ多くの女の子達がこんなプリンセスに憧れて、また男の子達もこれが幸せな結婚と思い込んで失敗をしただろうか。結婚すること、いや「結婚式」が幸せの最頂点となるなら、その後の人生は下り坂のみである。  「愛があればお金なんて」とか「人生一度の事だから」という思いにつけ込む日本の結婚式ビジネスは金儲けがうまいと思う。あの歯痒いほどの演出は、見世物にされる新郎…

NYでW杯を観戦しながら思うこと

4年に一回のW杯が今回も始まりました!

サッカー観戦にハマり始めたのは高校1年生の時。Jリーグのジュビロ磐田のファンだった頃から。中山選手や高原選手にファンレターを出したこともあるミーハーな私。

2002(大学生一時帰国中)、2006(社会人2年目)、2010年(転職過渡期)と過去のW杯開催時は日本で観戦していたので今回が初のW杯観戦@日本国外です。

もともと野球(MLB: Major League Baseball)やバスケ(NBA: National Basketball Association)やアメフト(NFL: National Football League)に比べるとアメリカ国内での注目度が低いような気がするサッカー。

それもあって開催前は「ワクワクを共有できる現地仲間がいないかも」と少し不安になっていたのですが、各テレビ局が全ての試合を放送してくれていることを知ったのと世界中で観戦している人と一体感を感じられるソーシャルメディアの存在、そして「国際的な」同僚達の存在のお陰で楽しい試合観戦の日々になりそうです。

今回は開催地がブラジルということで週末は正午、15時、18時、21時の試合観戦三昧になりそうです。平日もおそらく同僚とサッカーの話ばかりしているかもしれません(ラテンアメリカ諸国出身者が特に熱い、笑)

で、今の段階でちょっと思うことをいくつかまとめます。

W杯を観戦するということ 今思うと、日本に居た時は、日本チームのことがメディア/周囲の人の話題の中心だったな、と改めて感じます。W杯の観戦というよりは「日本チームの試合観戦」というモード。日本チームに直接関係の無い他試合に関する情報や観戦機会が圧倒的に少なかったなと思います。

一方、今回は、周囲に一緒にサッカー観戦する日本人の仲間がいないということもあり、自分のモードは完全に「W杯を」観戦するモード。日本チームが出る試合はもちろん興味がありますが、全部の試合た楽しみです。全てが世界最高峰の試合なのでそれが当たり前だと今では感じるのですが、日本では「日本の試合」がメディアを通じて過度に強調され、それに吸い込まれていたような気もします。

そんなことを感じていた時に教えてもらった便利なツール、オンラインメディアのSlateが作ってくれているインタラクティブな「予想表」。画面半ばにある「Pick Y…

H-LABと留フェロ

機会格差の前に情報格差。
たとえば留学。

留学するということ。
それに興味がある人、特にない人。
興味がある人の中でもその機会を手に入れる人、入れない人。

色々な要因があって、機会格差というものは何らかの形で存在する現代社会ではあるものの、そもそもその前段階で存在する大きな情報格差。「そんな可能性考えたこともなかった」「(考えてみたけれど)自分がどうやったら留学できるのかさっぱり分からない)」「自分の周りに留学したことがある大人がいない・いなかった」・・よく日本人の学生から聞く話。生まれた場所、過ごしている場所、家族のメンバーの経験・・・色々なことで高校生時点でアクセスできる情報って結構限られてしまう。

インターネットが様々な情報収集を可能にしているとはいえ、学生のときに「有益なインターネットの活用方法」という授業を受けたわけではないし。

私の高校卒業時点でも、周囲に留学を直後に考えていた仲間はほぼ皆無で(最終的には320人のうち3人いたのだけれど)学校の先生も、親も、私も何をしていいか良く分からないまま、なんとか高校3年の夏から年末年始までバタバタと走り抜けていたあの頃。大学の選び方もよく分からず、もちろん卒業後のことなんてまったく考えていなかったあの頃が懐かしい・・・。

アルクの無料セミナーや、本屋で立ち読みしていた留学ジャーナル、地元の図書館にあった数少ない留学関連の本からちょこちょこと情報を得ていたあの頃・・その頃に比べたら、高校生への留学関連の情報が少しづつ届くようになったなぁ、と思います。

ひとつは直接「情報源」に触れることができる貴重な体験の詰まった夏:H-LABによるサマープログラム(現時点で東京徳島小布施、他数箇所で開催されています)小林君、昨年ちょこっと日経に取材されていました(記事

もうひとつは最近立ち上がった「現役留学生による高校生の海外大学進学支援」サービス提供者:留フェロ 。情報ポータルのNavigatorのみならず、キャラバン隊や、サマーキャンプもあるようで、多くの高校生に選択肢の一つを見せるという点で有意義な取り組みになっていくのだろうな、と感じます。


選択肢が増える=迷いも増える、留学にはお金も必要になる、と別の悩みも生まれてきそうですが、大学卒業しても、一社目に就職しても、常に一歩一歩について自分の頭で考えて意思決定を下す…

Marsick教授に会ってきた

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大学院時代に出会ったコロンビア大の教授、Victoria Marsick。実は私がニューヨークで色々お世話になっている学び仲間(現在コロンビア大の学生)のアドバイザーであったということを先日知りまして・・・・・その友人のお蔭で1年半振りにVictoriaとの再会することができました。

相変わらずとても気さくな彼女、1時間たっぷりと時間をつくってくれて、色々と新しい情報を次から次へと教えていただきました。彼女はもともとInformal Learningの分野の専門家。

出会ったきっかけはLILA (Learning Innovation Laboratory)でのカンファレンス「Learning at Work」でした。(過去エントリー)最新の「The Future Learner At Work」のビデオサマリーはこちらで見ることができます。

その、Victoriaとのミーティング。今自分の関わっている+Acumenのハイブリッド型コースのデザインに参考にある話はあるかなー、と思い行って来たのですが、たくさんのヒントをいただけたので今回はその備忘メモ。テーマはあっちこっちに飛んでいますが、全体的に働く大人の学び、学校とか研修というFormalな場ではないところでの学びに関わる話です。


「Humlble Inquiry: The Gentle Art of Asking Insted of Telling」(2013) のEdgar Schein氏、元MIT Sloanの教授
関連テーマ:Organizational psychology、Group facilitation、Role of culture in learning
シャインは『組織文化とリーダーシップ』で、組織文化を定義し組織において文化が支配的な力を持つことを示唆した最初のマネジメントの理論家になった 増大する市場圧力に対処するためには、組織的学習は迅速でなくてはならないが、特に上級経営者たちの変化に対する恐れや不安がそれを阻んでいるようだとシャインは考えている。この恐れや不安は、難しすぎるとか破壊的すぎるといった理由で新しいことを学習したがらない態度と関連がある。シャインはさらに大きな新しい不安だけがこれを克服できるとしており、彼の言う「第二の不安」とは新しいことを何も学習しないことから生まれ…