「女子高生の裏社会 -『関係性の貧困』に生きる少女たち」を読んで

Twitterでいつか流れてきてKindle版を購入していたこの本を数日前に読み終えました。一気に読めばきっと数時間で読めるタイプの本だと思う、おススメの一冊です。身近にこういうことを感じる機会がなかった人にとっては具体的なエピソードに触れる良い一冊となっていると思いました。こういうことが日本のどこかで起きているということを少しでも考えるきっかけを提供してくれます。

本のカバーの帯には
「うちの孫がそんなことをするはずがない」
「うちの子には関係ない」
「うちの生徒は大丈夫」
「うちの地域は安全だ」
—そう思っている大人にこそ読んでほしい
と書いてあります。

でも読み終えてみて、そう思ってもらえる大人に囲まれている子どもはまだ幸せな方なのだろうなとも思ったりもさせられます。もちろん「子供のために」いろいろやっているつもりの大人の元にいる子供たちにも「関係性の貧困」に陥っている子達はいるのでしょうが。それ以前の環境で過ごし「関係性の貧困」のサイクルから抜け出せずにいられている子達のエピソードが自分には印象的でした。

副題にある「貧困」という単語。それは仕事上その言葉の指す意味について良く考える機会があるものです。人によって解釈は色々あるのでしょうが、私のいくつかの捉え方:
  • 人間が生きていく上で必要となる基礎的なもの(家、水、ヘルスケア、電気、教育、農業など収入を得る手段)が欠如している状況にいるということ
  • 人としての尊厳を持つことのできない状況にいるということ
  • 希望を感じたり、かなえたいと思う夢が持てない状況にいるということ
  • また、そもそも一人の人間として与えられてるはずの「尊厳」という概念を理解する機会がないままの状況にいるということ・・・
そういった捉え方の「貧困」で自分が今日本について気になっているのは①子供の貧困問題、②働く一人親家庭の貧困問題、③高齢者の間で広がる貧困問題、そして③「関係性の貧困」問題だったりします。

特に日本社会は横並びの圧力が強いので、①や②は③へつながってくるのでないかと思ったり、また、③と④のつながりもあるのではないかなとも思ったり。一方で④は①や②や③のどれに当てはまらない人にも起こりうることと感じるため、一番興味を持っているテーマだったりします。自分を受け入れてくれる人の存在や、そういった人との関係性が私達がそれぞれの夢を描き、未来に希望を感じることを可能にしてくれるのだと思うから・・・。

参考までに、この本の筆者の仁藤さんが始めた「女子高校生サポートセンターColabo」の事ホームページにはこういうふうに書かれています。
『私たちは、居場所や社会的なつながりを失った高校生を『難民高校生』と呼び、10代の少女たちの自立支援を行っています。

高校中退者数:年間約5万5千人
不登校者数:(中学)年間約9万5千人(高校)年間約5万6千人
10代の自殺者数:年間587人
10代の人口中絶件数:1日57件
 子どもの貧困6人に1人、虐待、ネグレクト、いじめ、家族関係、友人関係、性被害・・・・・さまざまな状況が重なって居場所や社会的なつながりを持たない「難民高校生」が生まれています。
 性搾取や違法労働の現場には「衣食住」と「関係性」を失った少女が多くいます。自立の機会や手段を持っていない高校生世代の彼女たちの多くが「貧困」から抜け出せなくなっています。』

以前読んだ慎さんの「働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む」では養護施設の子達のことを教えてもらいましたが、そこで登場してきた子達とはまた全然違う10代の日本の女子高生達といったグループにフォーカスをあてたこの一冊。勉強になりました。改めて「大人」側の責任って大きいなとも。