MOOCセミナー@MIT ①

束の間の春休み(1週間)。ほんの一瞬だけどミシガンに行ってゆったりと休養して、ボストンに戻って来たのが水曜の夜。木曜と金曜はインターンを入れていたため危うく忘れそうだったのですがGoogle Calendarのリマインダーで思い出し、行ってきました。以下のセミナー。もちろん無料です。

こういうイベントにフラリと行けるのがcambridgeに留学していることの
良さの一つだなーと思います。
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MOOCs and the Emerging Digital Classroom
@MIT Media Lab
2時間
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スピーカーは3名
・(Skype参加)CourseraのfounderであるDaphne Koller教授。先日日本で開催されていた以下にも登壇されていました「東京大学大学院情報学環ベネッセ先端教育技術学講座(BEAT)の公開セミナー『変革期を迎えた学習プラットフォーム』」。UStreamされていたようですがtogetterまとめもありました。昨年6月のTED「オンライン教育が教えてくれること」がありますので参考になると思います。ものすごい早口の方ですが、このTEDは日本語字幕有り。

edXのpresidentであるAnant Agarwal教授。MITでは電子工学とコンピューターサイエンスを担当。edXはハーバードとMITのコラボレーション取り組み(NPOです、Courseraは営利目的です)のリーダーの一人です。

・Lafayette Collegeのpresidentに最近任命された、MITでvisiting scholarをしているAlison Byerly教授。(リベラルアーツで有名なMiddleburry Collegeで教えていたようです)彼女は上記2人のようなMOOC推進派ではなくMOOCの影響を受ける側として登壇されていました。

ファシリテーターはMITのDavid Thorburn教授。1994年からMIT Communication Forumのディレクターを務められているようです。

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100人ほどのミニホールで開催されていたこのイベント。立ち見どころではなく通路に座る人がぎゅうぎゅうになるくらいの盛況振りでした。しかも参加している方々が(Q&Aから推測するに)現役の教授だったり、オンラインラーニング会社の経営者だったり、ともかく自分のような学生はおそらく2割もいなかったのではなかろうかという「教育のベテラン」勢がつめかけたセミナー。アメリカの教育業界(特にHigher Educationといって大学以降のジャンル)を揺るがせているMOOCへの興味の高さが改めて感じられました。(なんでそんなの気にしなきゃいけないの?という方は一番最後に赤字で書いたところだけ見てください。)

ちなみにMOOC(Massive Online Open Course)とは?という人には市川さんのこちらの記事が分かりやすいかと思います。▷目覚ましい進化を続ける米国オンライン教育分野のイノベーション(※最初に紹介されているCourseraとEdXがいわゆるMOOCのカテゴリーに入ります。他はOnline Courseです(TED-edは確かにOpenですがMOOCの指す「Course」とはコンテンツが若干異なり、Lynda.comは無料コンテンツは限定的です)また2UはMOOCなのかどうかという話もあるようですが一般的にはまだMOOCプロバイダーと認識されていないと理解しています。)

もう一つの記事。目を見張る急成長を遂げているオンライン教育スタートアップ「Coursera」(※後述しますがCourseraはあくまでも先駆者なのでどんどんとこの動きは広がっていてプレーヤーも増えて行きそうです。東京大学もCourseraに先日仲間入りしました。現時点ではMOOCというとCoursera、edX, Udacityの3プレーヤーを指すことが多い状況です(2013年3月末現時点))

私も以前のエントリーで(右上のボックス検索でMOOCとタイプすると出てきます)いくつか書いています。特にMOOCが産まれた背景やその存在の影響力や抱えている課題などはこちら。
教育とIT⑨-高すぎる学費とMOOCの台頭
教育とIT⑩-見極めのための重要な視点
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このエントリーではMOOCのことを読み進める上で前提として重要だなという考え方があるので共有します。あくまでも私個人の理解・解釈です。

MOOCはプラットフォームです。MOOC自体がコンテンツをゼロからつくるという形ではなく、各MOOCと提携している既存の大学がコンテンツを提供しています(教授の授業という形で)。もちろんMOOCはその「品質」管理だったりその授業の内容が学びを深めることにつながるような周辺の仕組みづくりに携わることで付加価値を出していますが、基本的に既存のMOOC3プレーヤーは「既存の教授」依存型の形式を取っています。

過去に一時期流行った「オンライン学習」とは一線を画するものを推進派の人達は目指しています。Khan Academyなどが注目されているので受け身で聞く系のものだと誤解されやすいのですが、そういうことを目指している訳ではありません。ブロードバンド環境の整備、タブレットPCを含むデバイスの個人普及の浸透、そういう近年の動きが今回のMOOCの動きを加速させています。デスクトップPCの前に座って講義を聞くスタイルをとる受講生もいるかもしれませんが、必ずしもそういう方々だけではありません。

「それでもface to faceの大学のほうがいいに決まっている」という議論は若干ずれています。なぜなら確かに対面で直接教授から指導を受けたほうがいいに決まっています。特に論文の下書きに対して細かいフィードバックをもらったり、研究テーマについてアドバイスをもらったり、そういうことにMOOCは直接的に対抗しようとしていません。

似た例えはAmazonなどに代表されるオンラインショッピングとデパートで直接販売員にアドバイスを受けなが買い物をすることの違いです。確かに対面でないと体験できない価値もあるけれど、Amazonや楽天などの会社がイノベーティブなサービスを提供してくれているこの時代にわざわざ全ての買い物を対面で、営業時間が限定されていて物理的にそこに行かないとできないという不便さを我慢してまで続ける必要はないということは多くの人が感じ始めていることなのではないでしょうか。
 
最初は確かにおそるおそるだったけれど次第に私達は自分達の様々なライフスタイルに合わせてオンラインで買い物を楽しむことを日々の生活に取り入れ始めました。買い物難民な方々も宅配便さえ来てくれるところに住んでいる人だったら今まで以上の買い物の選択肢を持つ事ができるようになりました。つまり教育の世界で同じような動きが起きているということです。
 
個人的には大学生活というのは「知的な学びを得る」場所だけではないと思っているので、もちろんface to faceで得られる「社会学的な学び」や「精神的な学び」、かけがえのない仲間とのhand onな経験という価値は無視できないと思っています。なので、アクセスがあり、金銭的にも時間的にもゆとりがある方は引き続き大学に従来通り「進学」すればいいと思っています。ただそういうことができない人(世界にどれだけこういう人がいるかを考えたらこの動きの世界的なインパクトが想像できると思います)、または進学してみたけど大学で提供されているもの以外に個人でそのときに自分が学びたいものを並行履修したい、という人にこのMOOCは重要な価値を提供してくれます。もちろん社会人になった後に改めて学び直したい、または最新の動きを学び続けたいという人にもとても魅力的なものになります。世界中にクラスメートがいる、という経験はなかなか体験できないものだと思います。
 
少なくとも現時点ではそういうことが目指されていると理解しています。既に「大学」へアクセスのある恵まれた人にとってもデパートでもamazonでも楽天でも自分の好きなところで好きな時に買い物できるのがやはり便利でしょう、ということです。

④MOOCが騒がれているのはMOOC自体の話ではなくそれを取り巻くエコシステム(生態系)へのインパクトも注視されているから。

★たとえばCredential(認証)システムについて
アメリカのような学歴社会(関連ブログ「学歴社会はなぜ存在するか」)では大学・大学院への進学の理由の一つが労働市場に対するシグナリング効果が含まれています。日本のように新卒一斉採用という不思議な仕組みがない世界の多くの国では、個人は自分というアイディンティの確立のためにcredibilityのある大学への進学はそのツールとしてフルに活用します。結果として「credibilityのある大学」の人気は高く、そこからの学位へのニーズに対して根強いものが存在します。今の時点で注目されているMOOCプレーヤーが「スター教授」だったり「有名大学」をそろえているのが多いのもそういう社会のニーズを意識しているからです。そこで重要になるのが「スタンフォードの学位を取った人」と「スタンフォードの教授が教えているMOOCを完了した人」の労働市場での評価のあり方です。このCredential issueは引き続きアメリカでも議論が続いている話だったりします。

★カンニング対策について
上記にも関連しますがCredentialを与えるためには修了者がきちんと「自分で学んだ」ことを確認する必要があります。そういうサービスに取り組んでいるベンチャーもでてきています。

★他にもたくさんいろいろ
例えばどのMOOC授業をとればいいかというアドバイスをくれるMOOCの食べログみたいなサービス会社はいくつか出て来ていますし、完了したMOOCをまとめてポートフォリオとして「自分学んだよ、これ」的なメッセージ発信をサポートする会社もあったりします。

個人的には「またMOOCか」というくらいバブル感を若干感じていますが(Resnick教授によるMOOCメモ①の中にSXSWedu2013-MOOCS: Hype or Hope?の3分弱の動画を共有しました)騒いでいる人は実は私の周りで聞こえる範囲だけで世界全体でみたらごく一部なのかもとも感じ始めていますので、こういう動きが起きていることは一人でも多くの人に知ってもらったほうがいいかもな、と感じた次第です。

なぜなら世界中で今までアクセスがなかった人がこういうツールを使ってメキメキと成長されて、労働市場に入って来たときに一緒に働くことになるのは我々なので。また、自分達のlife long learningにもこういうオプションがあると知っているのと知っていないのでは可能性の幅も大きく変わると考えています。

現時点では英語、フランス語でMOOCクラスは提供されているようですが、Courseraの話だと今後中国語、スペイン語、イタリア語で展開予定のようです。日本人の我々は上記5カ国語のどれかをマスターしている必要がありますね。MOOCは完全受け身型の学び方ではなくオンラインコミュニティでの発言や課題の提出が求められますので。

長くなってしまいましたが本題のセミナーの内容について②でまとめたいと思います。


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