「世界の経営学者はいま何を考えているのか」を読んで(教育学部卒業生としての感想)

前回のアップからしばらく経ってしまいました・・・・
無事に先週の木曜に9ヶ月ちょっとというとても短かった修士プログラムを
卒業しました。卒業前のlast minute 思い出づくりのバタバタ&荷造り&
日本から渡米してくれていた両親との時間&ニューヨークへの移動と、
あっという間の1週間でした。

ニューヨークに到着して1日半ほどは廃人と化していたのですが
(ひたすらNetflixを見続けるというゴロゴロぶり)
頭を全く使わなくなってから約2週間ちょっと、さすがに
脳みそが溶けきってきた、と思い、両親が渡米時に持って来てくれた
「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(by入山章栄 氏)を持ちながら
真夏の天気のマンハッタンの街中に出かけました。
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そもそもこの本は結構前から読んでみたいと思っていた本の一冊で
(関連エントリー「冬休み前注目日本語書籍のまとめ買い♩」
(参考)
 ・中原先生のブログの中にあったTwitter(2012年11月)
 ・石倉先生のブログ「興味深い書籍2冊・・・」(2012年12月)
 ・慎さんの「2012年の振り返りと2013年の抱負」エントリー
かつ
・出版社が英治出版だということと、
・自分が心から尊敬する元編集者の人生の先輩が
 オススメしてくれていたのと(その方には入山先生の
 日経ビジネス上のコラムを教えていただきました)、
・私の尊敬する友人(この筆者)が先日直接入山先生にお会いしていたという
 事を聞いていたのと
色々あって、両親が持って来てくれた5冊の中で一番に
読む事にしたものです。

普段小説以外の活字ものを集中して読む事が苦手な人間なのですが
この書籍は4時間ほどで一気に読む事ができました。とても面白かったです。


全体の感想は2つ
読み手一人一人それぞれのtakeawayが得られるような内容の一冊
読む人が大学生か、ビジネスパーソンになって数年目の人か、MBA生か、
今後経営を担う立場になろうとしている人か、既に経営者側として
色々な経験を積まれている人か、によってそれぞれ感じることが異なる
書籍なのだと感じました。そのくらい幅広い内容を、様々な視点から見た
可能性を含めた形でカバーされている中身です。
実際某証券アナリストの知り合いの方がこの本の書評をブログに書かれて
いましたが私がtakeawayとして感じたところとは全く違う論点がピックアップ
されていた上に、そこからの示唆も私個人が感じたものとは異なるものでした。

・ある分野の専門家としての「あるべき像」を見せてくれた入山先生
先日T字型の人材に関するエントリーを書きましたが(「伸びたT字型の横棒」
縦棒を伸ばすということはどういうことかという鑑を見せられた気がします。
各論文の内容に精通していることはもちろん、全体観を把握し、その中で各内容の
相対的なポジションを理解し整理しその専門家でない人向けに説明するということ。
どのくらいのインプットがあるとこのようになれるのか想像もつきませんが、
たった9ヶ月のサラッと修士課程を終えてしまった自分にとって(&自分が専門家の
レベルには全く届いていないという自覚を持っている人間として)
「やはり専門性を持つというのはこのくらいのレベルのことを指すのだ」という
ことを確信させてくれる一冊となりました。
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若干マニアックな感想(教育学部卒業生としての視点)
感想①「学問として経営学と教育学」って似ている・・・
・以下が教育学と経営学で似ていると感じたこと(順不同)
 +「科学を目指している」(p13)
 ※教育学部在籍中に経験したProject Zero(関連エントリー)
  FOI(関連エントリー)などの取り組みとの出会い、
  Wilson教授の研究の秋学期中のお手伝い(関連エントリー)に加えて
  セサミストリートの製作〜検証背景にある学習科学の利活用についての授業・・・
  教育学も「科学を目指している」学問だと思っていたので似ているなぁと
  感じました。
 +「よくも悪くも学際的」(p57)
 HGSEには13のプログラムがあり、私の在籍していた
  Technology, Innovation and Educationの他にも
  Arts in Educationがあったり(芸術寄り)
  Human Development and Psychologyがあったり(心理学寄り)
  Mind, Brain, and Educationがあったり(脳科学、生物学寄り)
  Prevention Scienc and Practice/Counseling(臨床寄り)
  School Leadership(リーダーシップ寄り)があったり、と教育学も
  世間一般的に認識されているよりももっともっと「学際的」なものだと
  感じています。特に脳科学系の研究の進歩やテクノロジーの進歩が
  教育学の枠組みに与えている影響は近年加速しているとも感じます。
  学際的という日本語、英語ではinterdisciplinaryです。
 +「名言と科学は異なる」(p15) 
 ※TEDのことを思い出しました。TEDは確かに短期間の中にエッセンスが
  凝縮されていて、それこそ「おもしろい」内容が多く取り上げられています。
  とはいえこれは本当に科学的に正しいメッセージばかりなのか?
  そういうところの検証はされていないものも多く混ざっています。
  実際私の教授が教育とゲーミフィケーションの関連性についてTED上のとある
  ビデオを投影し「彼が行っていることは科学的には50%が正しく、50%が
  間違っている」と説明していたのが印象的です。
  TEDのようなものを聞き、知的好奇心が刺激され更に次のステップに学びを
  深めて行くのは良い一方で、そのTEDの内容を全て鵜呑みにするのは時に
  危険、かつ学習者がその鑑賞で学びを停止してしまうリスクもあり、注意を
  しながら教材として参考にすべき、というTEDに対するメッセージ
  (リンク)を思い出しながらドラッカーの箇所を読みました。
 +「HBRは学術誌ではない」(p18)
 ※先日参加したHoward Gardner教授とSteven Pinker教授(関連記事)のセミナーを
  思い出しました。アカデミアと一般の人の間の橋渡しをしてくれるような
  学者側からの発信は、時として従来の型やそれを重視する風潮の強い学術誌を
  支持する側の方々から色々と言われることもあるようです。
  自分の4月16日のツイートをみていたらGardner教授の
 「You should not let current institutions and organizations dictate what
      you want to do」のコメントがでてきました。
 「If you are good at synthesizing you should pursue that. but might not 
      Want to go into the general academic because the way it is organized..slots
      belong to department organizations」とも言っているところから
  従来の形と違うsynthesizerとしての道を歩むことの大変さも伝わってきます。
  一方で社会全体では
 「学者が研究して来たその蓄積を、現実に応用しやすいようにわかりやすく
  組み直した」内容を世に広く届けてくれるという動きの価値は非常に
  大きいものだと私は思います。
 +「学ぶときも教科書ではなく論文を読んでる」(p41)
 ※私が履修した授業でも「教科書」というものはありませんでした。
 +「しょせん人間が何をどう考えるかを分析する」科学であり
  「主役はあくまでも人間」なので「楽ではない」学問である (p26-27より)
 ※教育学もまさに・・・。
 +「理論のサファリ化」(p.312)
 ※経営学に比べてどうなのか分からないのですが、Learning Theoryも
  若干サファリ化の動きを感じます(以下図参照)。
  
教育学でもこんなかんじに整理されていたり
(もっと他のlearning theory concept mapもgoogle検索してみるとでてきます)

 +フロンティアの試み
  ①Evidence based management (p.328)
  ②メタアナリシス(p.330)
  ③「外れ値」の分析(p.334)
 ※先日Sesame Streetの教育的観点からの有効性としてメタアナリシスの
  レポートが発行されていました。(ニュースリリース
  また、「外れ値」の分析としてはレッジョエミリアのケーススタディなどを
  連想します。(以前発行されたMaking learning visible研究の本
  もう一つレッジョにフォーカスした本がProject Zeroより今年の夏発行される
  予定です)教育学部においてもこれらは「フロンティア」ということでしょうか?
  面白い動きです。

感想②「AかBかではなく、AもBも意識しておいて状況(目的や外部環境)
 に応じて両方使える/両方の見方ができること」がやはり重要・・・
・例えば・・・
 +Exploration(知の探索 p.134)とExploitation(知の深化 p.135)のバランス
  ※両利きAmbidexterityの経営という言葉、はじめて聞きました (p126)
   これも結局T字型人材の話に関連してくる気がします。個人に加え
   T字型チーム、T字型組織というレイヤーでの話になるのかもしれません。
  ※両利き経営の事例としてIDEOと3Mがありました(過去のIDEOに関する
   エントリー
 +組織内人材の多様性のバランス
  ※「人材の多様化が組織パフォーマンスの向上につねにつながるとは限らない」
  (p.134) というところ、面白いです。とはいえ日本企業に近い場所で
  仕事もしてきた人間としては日本企業はまだまだこのテーマに対する
  取り組みはこれからの段階で↑のような意見を考慮する段階ではないと
  感じていますが(そもそも男女や日本人vs外国人の論点=多様性と
  なっている段階でまだまだだと思います・・
  sexual preference [LGBT], physical and psychological capability, religious,
      cultural, social factorsなど多様性のテーマはたくさんありますよね・・近々
  social economic statusも意識しなくてはいけなくなるかもしれませんし・・)
 +James Colemanの提唱するSocial Capital(深く強い結びつき)と
  Granovetterの提唱するSocial Network(弱い結びつき)のバランス
  ※両方とも目的や外部環境次第で使える状態にしておいていいという
   本書のメッセージ。Exploitation、暗黙知の表面化には前者が、
   多様な情報へのアクセス、Exploration、クリエイティビティの醸成、
   不確実性の高い環境下では後者が・・といったように。
  ※この前者の事例に出て来た教師のソーシャル・キャピタルと学生の
   学力向上の事例ではシンガポールの教育制度としてクラスター制が
   導入されていたことを思い出しました。(関連エントリー
  ※ハバタクノートの「これからのイノベーションに必要な3つの人的
   ネットワーク」エントリーも思い出しました
 
感想③「Learning individual」「Learning organization」という世界は
 やはり面白い・・・
・例えば
 +組織におけるtransactive memory(p90)について
 ※「誰が何を知っているか」を知っていることの重要性は留学前からも
  感じていたけれども留学中も感じたことの一つ
  教育現場でも実際に先生同士をlearning communityとして捉え、
  そのコミュニティ内でいかにtransactive memoryを表面化させ、
  蓄積していくか、という課題が議論されていました。
 ※「知のインデックスカード」いい響きです。
 +Competency trap (p137)について
  実は経営幹部の認知力強化ではなくて組織・ルール作りにこそ
  意識すべきではないか、というメッセージは心に刺さる内容でした。
・ちょうど先日毎年実施されているASTDが終了し、
 恒例のHUMAN VALUE社のカンファレンスメモに目を通したところでした。
 この世界は奥が深く、進化のスピードも早く、知的刺激がいっぱいです。
 この本にもあるようにOrganizational learningとは複数階層(個人、
 チーム、組織)それぞれに存在するラーニングカーブのことを網羅するが故に
 それぞれの間のtensionも考慮しなくてはならないだろうし(例:企業内研修は
 組織としての学習目的とチームとしての目的と個人としての目的、どう
 バランスする?)、チームだけを取り上げてもGroup Learningの授業で学んだ
 ようなパラドックスの存在もあり(関連エントリー)それだけで本が一冊
 出されちゃったりするわけなので(HBSのEdmondson教授の新著)、
 面白い世界である一方でとっても奥が深い世界なのだと感じます。

■その他思ったこと(順不同)
 ・内生性の問題 (p112) モデレータ効果(p116)
 ※春学期にとったEarly ChildhoodのRisk Prevention and Contextという
  授業でどのような外的要因が子どもの幼少期の発達にリスクを与えるか
  というロジックモデルをいくつか見ましたが、貧困・親の教育水準・親の
  精神状態/ストレス・住環境・食生活などなど様々な要因が複雑に絡み合う
  中でcausal relationshipを証明することはかなり難易度が高いのだなと
  思ったことを思い出しました。
 ・Innovationの定義
  「イノベーションを生み出す一つの方法は、すでに存在している知と知を
   組み合わせることである」(p.127)
 ※先日参加したHILTカンファレンス(関連エントリー)で以下のコメントがあった
  のを思い出しました。
 「"Essentials of innovation is...built on the legacy, previous innovation 

  and enrich them with present innovation so that we invent the future"」
 ・個人主義 vs 集団主義 (p.198)について
 ※Group Learningの授業で似たような論文を読んだことがあり、この種の
  分析はいつも面白いのですが、外部の人を信頼するかどうかの話は
  とても興味深い内容だと感じました。自分が以前書いた「外から見た自国の人」
  エントリーの内容とここでの示唆はどうつながるのか、一度ゆっくり考えてみたい
  です。
 ・アンゾフの計画主義、ミンツバーグの学習主義とリアルオプション (p.229)
 ※これはMIT Media Labや構築主義のMitch/Karenを通じて学んだprototypingの
  考え方や「つくって学ぶ」「learn by doing」の考え方と似たエッセンスがあるな
  と感じます。学習主義が「やってみたらなんとかなるさ」(p229)
  であるのならばconstructionism(関連エントリー)の考え方はこの本の学習主義と
  リアルオプションの考え方の間にあるものかしら、とも思ったり・・。

■教育学絡みではないけれどもその他思ったこと
 ・Brain drain(頭脳の流出)ではなくBrain circulation(頭脳の循環)p.217
 ※なんとなくですが日本にいる人の多くは海外に一度出た日本人は
  いつか日本に戻り、日本の中で、または分かりやすい形で
  日本と海外の橋渡しを海外ですることが日本への貢献だと思っている方が
  多いのではないかと感じることがあります。私も以前はそう思っていたときも
  ありましたが、今回外に出て、外で活躍されている様々な日本人の方の存在を
  知る事が出来、もっと色々な形でBrain contributionってできるのだな、という
  考え方に変わりました。そういった考え方とこのBrain circulationという
  概念は似ているものだと感じました。

 ・戦略戦略論「コンテンツ派」(個人的に解釈▷whatを考える派)と
 「プラニング派」(個人的に解釈▷howを考える派)(p.226)
 ※whyを考える派?というのは経営学者の方々からみて
  どういうポジションになるのかな、とふと思いました。
 (または経営学として研究されるにはふわっとしすぎなのかもしれませんが)
 (以下はSimon Sinekの有名なStart with whyのトーク)



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CAGE、GLOBE、RBV、CVCなど新しい気づきももちろんたくさんいただいた
書籍でしたが、こうやってメモに書き出してみると
なんだかものすごい色々なことの振り返りや連想のきっかけをくれた書籍だったという
ことにも気付かされます。

次はまだ購入していないのですが上記の先輩に紹介された
「知の逆転」に夏中にチャレンジしようと思っています。