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MOOCをデザインする時に意識していること - 協調学習の視点

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長い投稿を一つ前にしたので、これはもう少し短く。久々の「学び x テクノロジー」的なネタです。 背景 今ニューヨークで自分はコースデザイナーとして働いているのですが(@社会起業家に資金提供するインパクト投資家という位置づけのAcumenという組織)ここでいう「コース」は「無料で」「インターネットを通して教材が届けられる」種類のもの。・・一部のマニアな人達にMOOC(massive open online course)と呼ばれたりしているものですね。以下は私達のChief Innovation Officerのツイート。初めて提供したのが2013年の年始だったので(当時はGoogle DocとMailchimpとWordpressで提供というプロトタイプ版)二年半が経ちました(私は2013年6月から関わっています)
+Acumen Becomes Largest Massive Open Online Course (MOOC) Provider in the Social Sector http://t.co/NGYF5lfHGA — Sasha Dichter (@sashadichter)

ブログの更新が減った理由を考えてみて気付いた事

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一ヶ月以上振りの久々のエントリー。二週間前くらいに一つエントリ-の下書きを携帯上で書いていたものの、結局それが公開されることはなく・・。今日の仕事帰りの電車の中でふと、ここ数ヶ月更新が激減してしまった理由はなんなのか、と考えながら気付いた事。

ブログから足が遠のいていた理由・・ いくつか心当たりはある。たとえば
ニューヨークの夏は楽しい出来事がいっぱいだったから室内でリフレクション(ブログ執筆)する時間が取れなかったかも?、とか特筆すべき知的インプットが無かったからネタが切れたのか、とか日々日本語で長い文章を書く機会が無いので心理的なハードルが上がってきたのかも?、とか仕事でクリテイティブな作業や執筆作業に追われているから、帰宅後&週末にPCを開きたくなくなってきたのかも?、とかそもそも自分のMacが重くなってきたことが関係しているかも? でも、どれも少し違う気がする。今年の夏にこの都市で見聞きし、体験したこと、考えたことは実はいっぱいあったはずだし。比較的長いメールを日本語で書くことは苦ではないのだし。時間がなかったのか?!と思ったけれど、・・・・いや、絶対あった。だったら何でスキマ時間が出来た時に「あ、これブログに書こう」ってならなかったのか。以前は「書きたい、伝えたい」って思って睡眠さえ削って書いていたはずなのに。
ブログを続けている日本人(海外経験有)と更新しなくなった人 そこで思い出したのが「海外の大学院に留学している日本人が海外滞在中はたくさんブログで発信しているのに、日本に戻って仕事を始めたとたんに更新しなくなる」という事象(個人的な観察による)。私がボストン留学時代(2012年-2013年)に仲良くなった日本人数人は確実にこのパターン。「ホーム」(日本)に戻ってから彼らの個人メディアが更新される頻度はグンと減った。人によっては完全にゼロ。仕事が忙しくなり、かつ「ホーム」(日本)という環境下では仕事以外のことも忙しくなるのだと思われる。
全体的に自分のソーシャルネットワーク内では「Away」(日本国外)にいる日本人・または複数都市を行き来している日本人のほうがブログの更新が高い(人によってはFacebookが日記みたいになっている人もいる)。本業も結構忙しそうで、仕事以外のことにも色々手を出している人達でさえ、頻繁な情報発信を欠かさない。(かなり小さな…

選択肢が多すぎるから見えてくるもの?

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ブログ再開!とか書いておきながらあっという間に一ヶ月以上が過ぎてしまっていました。そして、書かなければ書かないほど日本語で文章を書く事が苦痛になってきている今日このごろ。これはやばし。

さて、いつのまにか今年の夏はニューヨークで過ごす3回目の夏となりました。最初の年は大学院卒業して引っ越してきたばかりで、住居すら安定してなくてバタバタ(1ヶ月日本にも帰っていた)してあっという間に終わってしまい、二回目の年は仕事で正職員になってバタバタ(ビザの問題もあった)してあまり記憶がなく・・・今回ようやく「現地の人」らしい過ごし方ができるようになた気がしています。今年は既に3回海に行ったり、公園でのんびりしたり、同僚&友達と遊びにいったり、NY郊外に行ったり。(Instagramはこちら

毎日色々なイベントがあるこの街 この街の人の多くの幸福指数は天候連動型。「天気が良い」「気温が暖かい(25度以上)」というだけで結構簡単にウキウキした気分になっている。そして、夏はイベント(無料を含む)も盛りだくさん。改めてニューヨーカーは選択肢が多い人生を歩んでいるのだな、と思わされます。

例えばこのskintというサイト。free and cheap new york. every day.とあるように毎日、その日にニューヨークで起きていることが朝メールで配信されるのですが、毎日こんなに色々あるのか、と笑ってしまうくらい至る所で何かが起きています。寒くなったら少し量が減るのかもしれませんが。

同じく様々なサンプルセールの案内をくれるlazar shoppingというサイトからもメールが来るのですが、毎日こんなに色々セールがあるんだ、ということでもいつも感心しています。(過去のエントリ-:NYをたっぷり楽しむためのお勧めサイト10

選び切れないくらいあるほうが逆に楽 こうやって選択肢が多すぎると大変なのか、というと実はそうではなくて。このくらい多いと、逆に肩の力を抜くことができるというか、「行けたら行こう」とか「そのときの気分次第にしよう」みたいな気持ちになれるから不思議。

「選択肢が多い、多くて選べない、困る」という段階から「選択肢が多すぎる、だからむしろ自分が本当に欲しいものが見えてくる」という状態になっている感じ。川の流れが早いからその中で全て流れてくるものを掴もうと力むのではな…

Intention(意志)とHabits(習慣)と - in Manhattan

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「こうなるといいな」「こうしたいな」と意識し始めた時から実際に行動を動かすまでに乗り越えなくてはいけない山。そして、行動を継続し、習慣にしていくまでに超えなくてはいけない山。
この二つの山を超えてきているかも、と感じ始めている3つのことについて。全てニューヨークに来てから、というよりも今年取り入れ始めたもの。数年前東京にいた時には自分がこうことを習慣にする日がくるとは夢にも思っていなかったものばかり。場所の影響が大きいのか、比較的就業開始時間の自由が効く(夜も6時から7時には帰れる)職場という事実の影響が大きいのか。・・・理由はきっと色々。
① 朝のミニ瞑想タイム 5日前から始めたことなので、まだ厳密には「習慣」とは言えないけれど、すでに手応えを感じ始めたもの。今までも「話題になっている瞑想の効果とやらを自分も直接効果を感じてみたい!」と思って試したことはあったのですが、毎回一日で挫折。それが、今回はHeadspaceというアプリのお陰で続けていけそうな予感なのです。
元僧侶のAndyさんが推奨しているのが

ブログようやく再開 - NYで見たW杯女子サッカー

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気付いたらあっという間に一回も更新しないまま二ヶ月強が経過。書こうかな、という思うネタはたくさんあったものの・・・・タイミングを逃すと書く気も失せて・・・・「ブログの時間」を日々の生活に取り戻すのにこんなに時間が経ってしまいました。

とりあえず一番記憶が新しいネタ。それは昨夜の女子サッカーワールドカップ決勝戦。立ち上がりから強かったアメリカが大量得点で優勝した内容でしたが(なでしこチームお疲れ様です!)注目は試合後に目撃した二つの事。

まず一つ:米国W杯チーム現役メンバーのママ 試合終了後、フィールドに走り寄る子供達。なんと現役選手にママがいた。

調べてみるとChristie Rampone(今年40歳)の子供は5歳と9歳、Amy Rodriguezの子供は1.5歳。(ちなみに、まだ現役選手兼ママが出来ている選手はそこまで多いわけじゃないようですが、少しづつ事例は増えているという話、女子サッカーでキャリアの途中に出産した初ケースは1994年だったようです)「僕/私のママはワールドカップ優勝したんだよ」って言えるなんて格好良すぎる。

ちなみに、こちらの2分弱の動画は2012年に出産したというAmy Rodriguezのインタビュー。息子を生んだ後に現役に戻った理由、ワールドカップへの意気込みなど。
もう一つ:Abby Wambach選手、同性パートナーと喜び分かち合うQuartzのこの記事の素敵な写真に注目。
米国チームの人気リーダー格Wambach選手の行動であったということと、先日「米国の全州で同性婚が合法化」されたばかりの話題性抜群のこのタイミング。喜びを自分の大切な人と分かち合いたいという気持ちは皆一緒。この瞬間をテレビ越しで観ながら「アメリカだなぁ」と。

日本がこういう環境になるのはいつごろなのかな?と今の日本と今のアメリカの違いを二つのトピックにおいて感じることとなったワールドカップ決勝戦でした。
おまけデータ:ちなみに推定視聴者数は2540万人だったそう。放映したFOX社にとってサッカー試合として最高記録。2011年のESPN社が放映したのは1350万人、1999年は1800万人と。NBAやMajor League Baseballの記録以上だとは知らなかった。参考記事 改めて1億超えのSupoer Bowlの凄さ・・。そして大人気だったテレビドラマ「

Project Light(ルワンダ)のドキュメンタリーが良かった

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大学受験時、自分の第一志望学部は「心理学」でした。中高時代、単純に得意だからということで「理系」として履修科目を選択してましたが、アメリカの大学の受験プロセスには理系も文系も違いがなかったので、せっかくなら興味があるところに受験しよう、そんな感じでした。

受からなかったら一年日本で浪人すればいいや、という気持ちでアメリカの大学9校にとりあえず出願した時、8校は心理学部志望として出願しました。

そのくらい「人のココロとか行動」には興味があって、二年前に教育学修士を取得したばかりの今の段階でも、次に学ぶなら「心理学」「社会学」「経済心理学」「人類文化学」らへんかな、と考えるくらい。

そんな自分に最近結構大きなインパクトを与えたドキュメンタリー。3月の半ばに開催されていたNY平和映画祭(NY Peace Film Festival)というイベントで観た一時間の作品。題名は「Project Light: From Rwada to Newtown」(ココから鑑賞できます)。あの作品から得た衝撃や刺激は今でもたまに考えます。今の仕事に近いようで、重なってない。目指す世界は同じだけれどアプローチと対象層が違う、そういう取り組みだから尚更気になるのかもしれません。(あとはドキュメンタリーについて社内で共有したらCEOに逆に、どういうことが私達はできると思う?と長期の宿題をもらったからというのもあります)

人は他人と関わり合い、他人に何かを与える(または何らかのポジティブな影響を及ぼす)ことで癒されたり強くなっていくことがあるんだということを改めて考えるきっかけとなった映画でした。

一つ前に書いた「10のポジティブ感情」とのつながりについても考えさせられました。PTSDで声が出なくなってしまったり、鬱々とした日々を過ごしているような子達と、彼らが希望を抱くようになるまでの軌跡。

前回のエントリ-の中で「希望(hope)」に関して引用したもの:

「ほかのポジティブ感情が、安全で満たされた状態で生じるのに対し、希望は例外です。すべて思い通りに運んでいれば、希望を感じることはあまりありません。希望は状況が非常に悪いとき、ものごとがうまくいかないとき、結果が非常に不確定であるときに生じます。絶望や失望を感じてもよさそうな状況で現れます」「希望の感情の核心には『状況は変わり得る』という信念が…

「10のポジティブ感情」って

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ちょっと前に読んでいた「ポジティブな人だけがうまくいく 3:1の法則」(バーバラ・フレドリクソン著)の一カ所を一度整理したく、久々のエントリ-。
この本は原作の英文タイトル(「Positivity: Top-Notch Research Reveals the Upward Spiral That Will Change Your Life」)と邦訳版のタイトルに違いがあるので誤解されやすいのではと思うのだけれど「監修によせて」の内容が参考になる。そこに書かれていることがこの本の方向性を示してくれている。 「人間の脳に不意に浮かび上がる気分(フィーリング)に無価値なものはひとつもない。すべてが重要な役割を持っている。暗さ、寂しさ、怒り、このようなネガティブな気分は、そのときのその人によって、とても必要だからわいてくるのである。「暗さ」は自己洞察をあえて狭めることで考えを深めてくれる。「寂しさ」は脳の活動を停止させ、心を休めてくれる。「怒り」は心の中の深い感情を、知らせてくれる。そんな脳のシグナルを無視して、やたらに「ポジティブが一番!」と大声で笑い合い、心の奥の対峙せずに自己をもみ消す毎日。フレドリクソン氏も強調しているが、それはジワジワと心身を蝕み、病理へとつながっていく危険な生き方である」  確かに、自分の人生を振り返っても「あの時のあの事は今の自分のためになっているな」と思う時期って「ネガティブ」にはまった状態であったことが多かったりする。

と、ネガティブな感情の存在やその意義を認めた上で、著者は「ポジティビティ(ポジティブの感情)」が人の発達にどうつながっているか、その人のその後の人生の可能性にどのような影響を与えうるか、ということを書いている。また、うまくいっている個人/夫婦/チーム内での「ポジティブ:ネガティブ」の黄金平均比率が3:1であるという研究結果とか(注目:ネガティブがゼロでない)・・。正直カバーされているものが広く、内容も濃くて、一回さらっと読んだだけだと全てを頭の中で整理することは出来なかった。

とりあえず、彼女が指している「ポジティブな感情」とは、という定義の部分が印象的だったのでそこだけ。こういう感情を抱く瞬間が彼女のいっている「ポジティビティ」貯金増になるのだな、というように。


「10のポジティブ感情」(P72〜)

喜び Joy
補足「安全…

「最貧困女子」を読んで

「最貧困女子」「最貧困女子」(鈴木大介 著)

週末に会った人にこの本を勧められた。日本では最近良く「女性」x 「貧困」が話題になっているということはなんとなく知っていたけれど、紹介してくれたその人はこの本には「別の次元」の現実が描かれていたと言う。

出版は昨年の9月末。筆者の鈴木さんはジャーナリストで、彼が似たようなテーマで既に何冊も書籍を発行していることを今回知ることとなるが、私にとってはこれが一冊目。

Kindle上で印象に残ったフレーズをハイライト:
「女性の低所得層が増えるほどに、低所得と貧困の境界がわかりづらくなり、その中でも殊にセックスワークの中にある貧困女性が一層不可視状態に陥ってしまう」(「総括」より)「貧乏と貧困は違う」「セックスワークの『上層』を見ると、その中にある貧困が見えなくなる」「報道されている事例は・・彼女らの困窮を伝える。にもかかわらず、なぜか貧困の当事者への風当たりが弱まっている気がしない」「猛烈な違和感」(「貧困女子報道への違和感」より)
despairを感じたとしても 少し前に読んだ「女子高生の裏社会 - 『関係性の貧困』に生きる少女たち」の直後の感想を思い出す。今回は「関係性の」という形容詞の無い「貧困」そのものにフォーカスした内容だった。何も知らなかった私がざっくり捉えていた世界は実はもっと多様で複雑なものだった。

そしてAcumenのマニフェストをふと思い出す。Acumenでは途上国における貧困層と言われる人達と仕事をしている。その第一段落はこうはじまっている・・「It starts by standing with the poor, listening to voices unheard, and recognizing potential where others see despair.」
私がこの本を読み終えて最初クラクラしたのはおそらくこの「despair」の部分を感じたからだと思う。鈴木さんも本書のあとがきの中で「本音を言えばルポライターとしての僕の心情は、もう限界だ」と書いていた。
でも鈴木さんの本のお陰で「listening to voices unheard」の一部がこうやって海の向こうで世間知らずの自分に届くこととなる。この課題について向き合ってみようという日本国内の人が一人でも増えたかもしれないし、…