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11月, 2016の投稿を表示しています

数百万人の読者がいるブログBrainPickingsのとっておきのエントリー

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日本にいる人でどれだけの人が知っているだろう、いや、たぶん英語圏の人の中でも比較的ニッチな層の心をつかんでいると思われるBrainPickingsというブログ。今年で10年目を迎えるこのブログの著者Maria Popovaは1984年生まれの32歳(wikipedia)出身はブルガリア。
一番最初に彼女の存在を知ったのは、今所属している組織Acumenの創業者ジャクリーンの家で不定期に開催されるwoman's salonに彼女がゲストとしてきたときだった。たしか2014年だったように記憶する。そのときに、彼女と対談しているジャクリーンの在り方やMaria本人が語っていた内容から、この若い女性はただものではない人らしい、というのが伝わってきたものの、心底すごいと思ったのは彼女のブログを購読するようになってから。
ライフネット生命保険社長の出口治明社長は「歴史を遡る時間のタテ軸と、地理的な拡がりを示すヨコ軸のインプットを掛け合わせた“タテヨコ思考”」の大切さを語り、かつものすごい量の読書をされる経営者ということで有名だと思う。Mariaの発信内容はまさに彼女が日々鍛え、熟成している「タテヨコ思考」を外部に見える化してくれているもの。
すごいと思う。本当に。 自分が中高の先生だったらこれを日本語訳して、教材に使おうかな、と思うくらい。
と熱く語るものの、正直ブログ購読登録してから最初の一年は彼女の記事ひとつを完読する忍耐力も、リベラルアーツ的ななインプットを吸収する頭と心の準備も、また、英語力も不足していて、消化不足。メール受信箱にたまり、流れていくBrainPickings Weekly。やや屈辱・・
そして二年近くが経った最近は、当時からあまり英語の語彙力に変化がおきているとは思わないものの、気になるテーマを中心に読めそうなものから無理しない程度にのんびりと取り組んでいった結果、彼女の生み出している素晴らしい書き物をちょっぴりだけ吸収することができるようになってきた。
そんな彼女が最近書いてくれたこの記事がとても素敵だったのでこちらを共有。そして、自己流で日本語訳も追加してみたので、そちらも。
10 Learnings from 10 Years of Brain Pickings Allow yourself the uncomfortable luxury…

米大統領選挙の1週間前のことを振り返ってみた

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20時間少々のワシントンDC出張からの帰り道。住み始めて3年の街、マンハッタンへ。
自分にとって「あぁ、家に帰るんだ」という実感が既に沸く街となった、マンハッタン。

日本の成田エクスプレスや新幹線のレベルとは程遠い、グラグラゆれる「高速」列車の中での細々としたwifiを活用中。日々に追われあっという間にトランプ次期大統領の誕生が確実になった「11月10日のショック」から早三週間。(翌日に書いたエントリーはこちら「2016年11月9日 ニューヨークにて 」)

その選挙前にfacebookで投稿したことを、ここにも記しておこうと思っての、今回のエントリー。そう、なんだかんだいって4年も続けているブログだけれど、今年はなんと10回しか書いてなかった。たくさんたくさん人生のインプットはあったはずなのに。

以下は11月2日に一部の友人に共有した投稿。この段階では私の周りやこの記事にコメントしていた人たちの多くはヒラリーの当選を信じていた。
#Iamwithher
それにしても、来週火曜の大統領選挙ほど、時代の流れ、世界の分立を象徴してるものはないんじゃないかな、と思う。もはやどっちが勝つかは半々な状態。 著名な起業家ピーターティールのトランプ支援&演説をうけて、別の起業家VCMark Suster氏がこんな強い主張を含めた記事を書いていた。 今回の選挙は根本的に、社会の構成員の一人として、あなたは何を大切にすべきだと思いますか、といった価値観が試されるものだと私は思っていて、だからこそ、どういう結果になるかとても興味がある。Voices unheardだったものが見える化されたとき、既存の仕組み上で「勝者」となっていた人は何を省みるのか、という点で。 一方で両候補者とも話題にあげるトピックが狭すぎて全くもって残念で、足元拡大してる社会問題にもっと目を向けないと、というのが先週末に書かれたニコラス・クリストフのNew York Timesの記事「3TVs and No Food: Growing Up Poor in America」。 この記事はジャクリーンも共有してたし、一方で貧困状態にある家庭の描き方にも課題があったのでは、という同僚の意見もあった。自己責任論が強いこの国で貧困問題を語るには私たちが活動してる途上国の貧困問題を語る以上に様々な配慮や工夫が必要になる…

2016年11月9日 ニューヨークにて

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2016年11月8日の夜、私は3人の日本人の女友達と、自分達でつくったパエリアを食べながらマンハッタンにある家のリビングで、テレビから流れる選挙結果速報を見つめていた。皆マンハッタンで仕事をしている子達。投票権があったのはそのうちの一人だけ。

一人は為替取引を、もう一人は株の先物取り引きをしている子で、トランプ・クリントン両候補者にとって有利な情報が交錯する度に彼女達のスマホからは様々なアラートが絶え間なく鳴っていた。私ともう一人の子はそれぞれのmac book上でgoogle, politico, five thirty eightを開き、スマホではtwitterフィードを表示。皆で調理をしていた7時半前後にはワイワイと流していたSpotifyのElection Mixプレイリストの音楽も10時近くになったころには(テレビ・ネットから流れる情報に神経を集中しなくてはいけなくなったので)止めなくてはいけないくらい、部屋の緊張感は高まって来た。本当はもっと気楽にワイワイとした夜になるはずだったのに。

信じられない。え?・・・。

23時を過ぎたころにトランプ大統領誕生がほぼ確定になった時の私達の状態は8時過ぎにとったカラフルなパエリアとのグループ写真の笑顔とは全然違うものとなり、「これ、一人で見ていなくて良かった」とだけお互いに言い合いながら、彼女達は帰っていった。

そのあと、11月9日はベルリンの壁が壊された日でもあったと知った。

911(アメリカ同時多発テロ)や311(東北大震災)とはもちろんたくさんの違いがあり、死者こそほとんど出ていない今回の出来事。そうはいっても、少なくとも自分の周り、マンハッタンの街の雰囲気、自分の友人達のソーシャルメディア上のつぶやきを見ていると、多大なる消失感や混乱が皆を襲った出来事だったという点で、今回の件は911や311の時の出来事と重なるものがある。イギリスに住んでいたらBrexit発表の後、こういう感じだったのだろうか。と思わざるを得ない。

そのくらいの大きな衝撃を多くの人に与えたのが、今回の選挙だった。そう思う。